昨日の記事が思ったよりたくさんの方に読んでいただけたので、本日は便乗して持論をマニアックに語ります。ドラマの話は出てきませんので、遠慮して本日の告知ツイートは、ドラマのハッシュタグなしにしておきます。
政次が命がけで守った井伊家の命脈はその後徳川幕府で長く続きますが、その中でも最も知名度が高いのはなんといっても井伊直弼でしょう。
幕末の大老で、独断で米国と条約を結んで開国し、そのために桜田門外で攘夷派に襲われて命を落とします。というより、自分が殺されることを覚悟の上で、開国を強行したのでしょう。「朝廷の許可を得なかった」という点を攘夷派に糾弾されるわけですが、それにより天皇に責任を負わせることなく、攘夷派にとっては裏切り者となり、自分だけが責を負って死んでいきました。ちょっと、ドラマと似てますよね。
開国は、その時点では江戸幕府の存続という大義に反することをやったように見えますが、日本国というよりメタな視点から見ると、その後現在に至るまでの日本の繁栄の重要なスタート地点であり、井伊直弼はそのための捨て石になったと考えることができます。もちろん、ご本人はそこまで考えておらず、あとから振り返った結果論ですが。
このときに日本が開国を断行したというタイミングは、世界史においてものすごく重要だと思っており、かねてから私は主張しています。
すこし前、このブログでカリフォルニアの歴史を書いていたのですが、そのときに「アメリカと日本は意外に同期している」ことに気づき、この2国にドイツを加えた3国を「第四世代文明の同期生」と名付けました。
(簡単に言うと第1世代は伝統的な農業ベースの経済、第2世代はアービトラージを富の源泉とする通商経済、第3世代は初期の製造業+植民地を原料供給地とキャプティブ市場の両方に使う植民地経済、そして第4世代は大きくて豊かな国内市場をベースにした自律的経済、です。えらい経済学者の説でもなんでもなく、私が言ってるだけ。)
19世紀後半は人類史上最大の技術の爆発期で、大きな発明や発見がものすごい勢いで起こりました。
エネルギーと動力の革新により、人やモノの移動距離と物量が飛躍的に増大し、製造業の生産量が増えました。これを最大限に活用できるのは、人口が大きく、かつ国内を単一市場として使える国です。19世紀の半ば、アメリカは南北戦争、ドイツは統一帝国の成立、日本は明治維新により、外国からの侵略でなく、その国の人たちが自ら血を流して、近代的な統治システム(=戦争時の動員力)と統一市場を確立しました。そして、これら3カ国が、徐々に当時の大国であったフランスやイギリスを凌ぎ、20世紀終わり頃に中国が台頭するまで、世界の3大経済となります。19世紀半ばという絶妙のタイミングでこれをやったおかげで、日本は先進国になんとか追いつくことができたのです。もう2ー30年遅れたら、ダメだったかもしれません。
もし、井伊直弼が命を懸けて開国しなかったら、どうなっていたでしょうか。
幕末ドラマで竜馬らが熱く語るような、「列強」が攻めてきて日本はつぶされる、という劇的なことことはおそらくなかったでしょう。幕府も朝廷も、「日本的」に何も決めず、ずるずる現体制を続ける。先進国からは放置プレイで、ときどき用事があるとやってきて、軍艦から大砲を撃って脅し、いろいろと譲歩をさせたり、だまして人をアメリカにつれていって鉄道建設などの奴隷労働をさせる*。おびえた庶民は、豊かな海岸沿いの土地を捨てて内地に逃げ、農地は荒れ、通商は縮小し、どんどん貧しくなる。欧米各国は徐々に権益を拡大して、日本人を虐げて甘い汁を吸う。
こんな感じでしょう。それが現実に起こってしまったのが当時の中国(清)でした。このために、中国は第4世代経済の波に乗れませんでした。日本がもしそうなっていたら、その後立ち直るとしても100年ぐらいかかったことでしょう。中国のように。
ということで、ドラマの空想世界での「政次の献身」の伝統が受け継がれていき、300年後に井伊家末裔の献身が日本国を救った、という半分現実半分空想のお話でした。
*マニアック注: 実際には、明治にはいってから井上馨が三井と組んで移民会社をつくり、アメリカに移民という名目の事実上の人身売買商売をやりました。しかしこれもタイミングよく、この時にはタッチの差で大陸横断鉄道はすでに完成していたので、日本からの移民は鉄道建設でなく農業に従事しました。まだダイナマイトもない時代ですので、鉄道建設は猛烈に悲惨過酷な奴隷労働で、太平天国の乱で流民となった中国人の「事実上の奴隷(年季奉公人)」が大量に連れてこられました。農業移民も苦労は多かったですが、それでも土地を獲得したり商店を興したりして成功する人も多くおり、資料を読むかぎり、鉄道建設よりはよほどマシだったと思います。