アメリカと日本の「格差社会」の類似と違い

アメリカの格差社会があまりにひどくなってきたことが、今年の大統領選大荒れの背景である、という話を以前のブログで書きました。昨日の民主党大会でバーニー・サンダースが演説をしましたが、このスピーチは彼のこれまでの主張をコンパクトにまとめて埋め込んでいるので、ご興味ある方は動画で全文視聴してみてください。

「ベイエリアの歴史41」で書いたように、サンダースの主張は、私が少し前に読んだ経済学者ジョセフ・スティグリッツの本の内容とほぼ合致しています。(ただし、サンダースは自分の経済政策アドバイザーが誰かは公表していません。)現在アメリカの格差社会がどれほどヒドイかという話はあちこちで流布していますが、では「なぜそうなったのか」という点については意外に語られていません。おそらくは、見解がいろいろあって定説になっていないのだと思いますが、とりあえずまとまったもので私が読んだのがとりあえずこの本なので、それを下敷きにして、日本と比較してみましょう。

アメリカに関していえば、(1)「所得上位の1%」の収入はどんどん増えているのに、(2)「下位90%(つまりほとんどの人)」は全く増えていない、という2つの方向で格差が拡大しています。このうち、(1)は日本にはあてはまらず、(2)のほうは日本でも似た現象である、と私は思っています。そして、どちらの動きも、「製造業からサービス業へ」という、先進国共通の大きな経済構造の動きに加えて、アメリカ特有の政策チョイスによるもの、と思います。

 

どちらもいろいろな要因が絡んでいますが、わかりやすいところで言うと、まず(1)は「リスクをとって起業したり、新しいものや海外に投資したりする人たちに大きな報酬を支払うことにより、産業を興隆させよう」という政策的な意図があり、これに伴って「キャピタルゲイン税率が、お金持ちの所得税率より圧倒的に低い」という仕組みがあります。所得税は累進制ですので、高額所得者は40%となりますが、キャピタルゲインは15%です。このため、シリコンバレーを含めた米国企業の幹部は、給料をもらうよりも株をもらうほうを好み、短期的に株が上がるような企業行動をするようになり、投資銀行は株があがるようにハイリスク・ハイリターンの行動をするようになっており、これがリーマン・ショックの引き金となりました。いわゆる「サプライサイド経済」で、企業が儲かれば従業員にもトリクルダウンするという政策が、特に70年代以降に政権をとることが多かった共和党政権下で続いたことによるもの、ということになります。そして、80年代にウォール街、90年代の「ネットバブル」の時期にシリコンバレーが、突出して金持ちになってしまいました。

(2)のほうは、やはり70年代以降、「雇用よりインフレ抑制」を重視した経済政策が続き、雇用がなかなか増えなかったこと、および法的・イメージ戦略的に、労働組合の力をそぐ方向での種々の手が打たれた結果、分配を要求するパワーバランス調整装置がなくなってしまったこと、セーフティ・ネット不在により、いったん脱落した人が仕事に戻れないこと、などを主な要因としてスティグリッツは挙げており、特に「組合」については、グローバル化により海外に職が奪われることよりも影響が大きかったとしています。

(1)に関しては、サンダースやスティグリッツが攻撃する「産業振興のためにリスクテイカーに大きな報酬を払う」という仕組みのおかげで、アメリカでは少なくとも、アップルやグーグルなどの新しい成長産業が勃興しており、シリコンバレーには大金持ちがたくさんいて、お金持ちになりたい若者が世界から集まって、破壊的なビジネスを日夜試しています。

しかし、社会階層的だけでなく地域的にもトリクルダウンが起こっていない(シリコンバレーはバブっているのに、他の地域にはその恩恵がいかない)ために、新しいサービスや製品の「お客さん」になってくれるはずの「中流階級=消費者」がどんどんいなくなってしまう、という危機感が、シリコンバレーで高まってきています。

しかし日本では逆に、「(1)が欠落しているがために困ったことになっている」と感じています。リスクテイカーへの報酬が小さく、雇用維持を重視してダメ企業でも「雇用マシーン」として生き残る政策が長く続きました。従来型の企業による終身雇用以外の有効な雇用調整装置がない(ここから脱落すると「派遣・パート」というより低い層にクラスチェンジせざるを得ない)ので、会社で働く人はリスクを避けて会社にしがみつかざるを得ず、「何かを新しくやって失敗したときに大きなペナルティをうける」と「何もしないでインセンティブもないがペナルティもない」という選択肢の間で「何もしないほうを選ぶ」という行動が蔓延しました。

その結果、アメリカほどの格差はないけれど、既存企業が活力を失い、新しい産業が興らない状態が続き、結局は倒産やリストラで職を失う人が増えました。分配しようにも、その原資が企業側になくなってしまった、ということになります。悪循環はどこかで止めなければいけないので、ここしばらくシャープ・東芝・タカタなどの問題が表面化して、企業の再編が起こっているのは、安倍政権の意向なのでは、と私はつい考えてしまいます。

・・が、本当に「原資」はないのでしょうか?アメリカでよく引き合いに出されるのが、「労働生産性はずっと上がっているのに賃金が上がっていない」というグラフですが、では日本では、と探してみると、日本のほうがずっとその傾向がひどい、というOECDの統計によるグラフが出てきます。(アメリカでよく使われる図とは、少々違いますが。)

私もまだ調べている最中で、結論というほどの確信はもてませんが、なにしろ日本はアメリカと少々違う経緯ですが、やはり(2)方向の停滞と生産性の停滞により、中流=消費者の崩壊がじわじわと進んでいるように思えます。

<追記>続きを書きました→http://www.enotechconsulting.com/blog/2016/7/30