そもそも私が移民の話を始めた動機は、「日系移民」を理解するため、他の移民のパターンを見てみようということでした。その意味からすると、前回から引き続くアイルランド移民の物語には、注目すべき重要な点があります。アメリカの歴史上初めて、「移民排斥運動が起こった」そして「それを克服した」という点です。
19世紀前半にも、それまでと較べて大幅に欧州からの移民が増えていました。ナポレオン戦争後の欧州の人手過剰状態という「プッシュ要因」と、アメリカ側で1825年のエリー運河開通により中西部への交通が開けて農業開拓に伴う労働需要があったという「プル要因」の両方があったためで、(27)で述べたドイツ移民と同様に、北欧や中欧から、プロテスタント=中間層の移民がたくさんやってきました。アイルランドでも、北部はプロテスタントが多く、彼らはこの流れに乗ってすでにアメリカに来ていました。
これらの人たちが比較的問題なく、既存のアメリカ社会に受け入れられたのに対し、その後やってきたアイルランドのカトリック=貧民層は、突然大量にやってきて、価値観やライフスタイルも異なっており、不信感を持たれました。既存のアメリカ人労働者たちが、安い賃金で働く移民に職を奪われたり、賃金水準を押し下げたりすることに反発したのも、その後多くの「移民排斥」と共通しています。
もともと農民であったアイルランド人移民が、なぜ中西部の農場での「年季奉公人=奴隷的労働者」ではなく、都市に多く滞留するようになったのかは、私がこれまで読んだものではあまりはっきりしません。アイルランドからは家族全員の移住ではなく、家族の中で若い者が一人だけ家を出て、「棺桶船」とあだ名された劣悪な環境の船にぎっしり詰め込まれて海を渡りました。自力で農地開拓する資本もバックアップするコミュニティも、教育も職業スキルもないので、仕方なく「最低層の労働者」として都市で働くことになりました。農村よりは都市のほうが、まだ差別の中でもましな生活ができたから、ということかもしれません。ニューヨーク、ボストン、シカゴなどの大都市では、こうしたアイルランド人のコミュニティが形成されていき、貧困の中で犯罪者も多く出ました。
アイルランド移民は、他の移民コミュニティと較べていくつか特徴がありました。一つは「女性が多く、約半分を占めていた」ことです。女性が結婚するのに多額の持参金が必要だったために、飢饉の貧困の中で結婚が難しかったことなどがその背景として挙げられています。彼女らは家内女中として働き、第二世代以降は教師などの職を得て自立していきます。このため、アイルランド系コミュニティでは、女性の地位が比較的高かったとされます。一方、男性は「スト破りの代替労働者」となったり、消防や警察などの危険な公的職業に就いたり、少し後には鉄道建設労働者ともなりました。もう一つは、「帰国率がきわめて低かった」ことです。イタリア、ギリシア、ハンガリーなどからの移民は、半数近くがその後本国に帰っていたのに対し、アイルランドでは10%以下でした。アメリカの貧民窟でもまだ本国よりマシという状態だったからで、文字通りの「背水の陣」だったわけです。
そんな中で、移民排斥と戦うために、アイルランド人たちは、カトリックをアイデンティティのシンボルとしてコミュニティの結束をつくりあげ、そのコミュニティの数を束ねて政治に参加し、異議を申し立てることで道を開くことに成功しました。一貫して「民主党」を支持し、民主党から議会にアイルランド系の代表を送り込み、「バチカンへの精神的な帰依」と、「アメリカ国家への政治的な忠誠」とは矛盾するものではない、ということを、長い間にわたってコツコツと積み上げて実証してきました。
差別といっても、もともと白人でキリスト教でもあるアイルランド人は、こうしたきわめて尋常な政治的手段で、アメリカ社会に同化することに成功したわけです。差別されていたからこそ、コミュニティとしてのアイデンティティを保って数をまとめるという意図があるためか、それ以前にもっと順調に同化したドイツや北欧などと比べ、バグパイプやアイリッシュ・ダンスなどの「文化」の保持もより意識的に行われ、今でも白人エスニックの中では目立つ存在です。アイリッシュといえば「子沢山」というのも定番のジョークネタですが、それももしかしたら、人口=票を増やそうとワザとやったのかもしれません。
飢饉以降、アイルランドからアメリカに移民した人は700万人とされ、現在アメリカには「アイルランド系」と自称する人が3500万人います。アイルランド本国の人口の7倍以上にあたるわけですね。私自身カトリック教徒でもありますが、普通の生活の中で「カトリックが差別されている」と感じたことは全くありません。
それでも、1960年代に登場したJFケネディ大統領の時代までは、まだまだアイルランド人やカトリックへの差別がそこここに残っていた、という記述には少々驚きます。そして、2015年の現在に至るまで、このボストン出身の民主党政治家が、実は歴史上唯一のカトリック信徒の米国大統領です。
そういえば、先週のフランシス教皇来米時に、NBCニュースで、JFケネディの姪にあたるマリア・シュライバー(元シュワちゃんの妻)がコメンテーターをやっていたのですが、そうやって考えるとなかなか奥が深いものがあります。
John F. Kennedy from National Archives and Records Administration