著者の森本作也さんは、地元日本人仲間でもありスタンフォードMBA仲間でもある。地元の奥様方に「he is hot!」と騒がれるイケメンでもあるが、そういうワケで私とは単にそういう関係である。(誰も疑わないと思いますが念のため(^^ゞ)
だいぶ前になるが、私は森本さんとSFの野球場の向かいにあるレストランで昼飯を食いながら、「日本の企業ってミッション・ステートメントがないよね」という話をしたことがある。この話は、私自身の著書「ビッグデータの覇者たち」でも書いているのだが、単に「お金を儲ける」だけでは、長期的にはお客も従業員もついてこない。特に、日本からアメリカに進出するという場面で、さらに製品がモノを言う製造業でもない場合、そこを明確にして、共感を得られないとうまくいかないよね、と話したのだ。日本企業でも、私の古巣であるホンダは珍しく「理念」がはっきり言語化されていて、日本でも繰り返し従業員に伝えられ、実行され、対外的にもそれが広く認識されているのだが、森本さんは「そういえば、ソニーはそれがなかったな・・」という感想を発したので、私は少々驚いた。
そのときに引き合いに出したのが、楽天だった。もう済んだことなので申し訳ないが、具体的な例があったほうがわかりやすいと思うので書いてしまう。当時、楽天は海外進出のエンジンをかけだした頃で、アメリカから楽天のサイトにアクセスしようとすると、かなりダサい英語版のサイトにしかはいれないとか、いろいろとまだまだな時期だった。その英語版サイトの「About Us(企業情報)」のページに行くと、ミッション・ステートメントが掲げられていたのだが、それは「世界一のインターネット企業になる」というものだった。まぁ、社内的に商売の目標としてこれを掲げるのは構わないのだが、楽天に無縁なアメリカ人が「お客」や「投資家」や「パートナー」や「同業者」の立場からこれを聞いても、「へー、そーなの」で終わりだ。なんらかの共感を覚えて、この企業はいいね、このサイトを使おう、ここと商売しよう、と思えるとっかかりが何もない。シリコンバレーの企業はなんだかんだで理想主義的なところがあるので、グーグルならば「世界中のあらゆる情報を整理してリーチできるようにする」などといった、世の中をよくする方向での理念があるし、ホンダも「人間尊重、3つの喜び」など一連のコンセプトがはっきりしていて、多くの人が共感を持つことができる。
楽天の場合は、コレじゃチョットね・・と思いつつ、でも理念がないワケじゃないはずだ、とも思っていた。シリコンバレーほどでないにしても、日本でも無数の企業がある中で、ここまでのし上がってきた背景には、何か必ず、多くの人の支持を得られる理念の柱があるはずなのだ。しかし、日本人はそういうことを言葉ではっきり言うと「偽善」とか「カッコつけ」とか言われてしまうので、あえて露悪的な「ナニワ金融道」的な、現実の商売は厳しい的なことを言うのがカッコいいような、歪んだ自意識があって、はっきりその理念の柱を自覚しない。あるいは、某社のように、言ってみたけれど中味がついてこなくてスベリまくり・・と批判されるのを怖がって予防線を張っている、のかもしれない。でも、スベるリスクも引き受けて、言って実行しなきゃアメリカ人はついてこない、人事や給与体系のテクニックだけではアメリカでの企業経営はうまくいかないと思う。
・・という話を私はそのときした、と記憶している。これはその以前からずっと思っていたのだが、個別企業をクサしたくなかったので、この件はブログにも書いたことはない。代わりに楽天の経営に近い方に個人的にお話しして、そのためでもないと思うが、現在ではミッション・ステートメントもちゃんとしたものに変わっている。ということで「過去の話」で、対比する例として挙げさせていただいた。楽天のみなさま、どうかご容赦ください。
森本さんの近著、「SONYとマッキンゼーとDeNAとシリコンバレーで学んだ グローバル・リーダーの流儀」というやたら長いタイトルの本の中で、上記の件を取り上げていただいていることにまず感謝したい。最近「グローバル人材」とか「グローバル・リーダー」とかがやたらバズワードになっており、この本もそんな尻馬に乗ったモノのように聞こえるかもしれない。タイトルからすると、経営コンサルタント的な「概念的」な「堅苦しい」ものをちょっと想像するかもしれない。あるいは、海外在住者がついやってしまう、日本流の欠点ばかりをあげつらうものかと思って敬遠する向きもあるかもしれない。でも、そんなことはないので、ぜひまずは手にとって読み始めていただきたい。
物語形式で語られるエピソードはわかりやすく、米国での日本企業に関わっている人ならば、首筋違えるほどブンブン頷いてしまう「あるある」事例が満載。それでも批判一方ではなく、日本企業のもつ「良さ」も「直そうと思っても直らない欠点」もある程度肯定した上で、具体的な解決策の事例を挙げている。そして、それは具体的な「ヒント」だけでなく、上記のような「経営のキモ」の話も含んでいる。本書でも語られるように、解決策は一様ではない。このとおりやってもうまくいかないことのほうが多い。解決策はそれぞれの企業のそれぞれの問題によって異なるのだが、それを導き出すヒントには大いになるだろう。
日本以外の海外市場に共通な部分も多いが、特にシリコンバレーとつきあいのある日本企業の方であれば、シリコンバレー人の行動や心情の描写も超「あるある」なので必読である。私も、さっそくクライアントに「まずこれ読んでください、詳細な話はそれから」と勧めたいと思っている。